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カート

カートが空です

DESIGNER

早園マキ/Maki Hayazono

1972年1月11日 横浜生まれ。横濱スカーフのシルクスクリーン製版型を作る職人の家庭で育つ。日本ファッション学院卒業後、職人として家業を手伝いながら、モデルとしてコレクションや雑誌、TVCFなどで活躍する。パリコレ出演を機に、自分のなかに眠るアジア人としてのアイデンティティや誇りを実感。日本から発信する“ネオアジア”をコンセプトに、2000年横浜中華街に自身のブランド「ROUROU」をオープンする。ローズホテル横浜など企業のユニフォームのデザインも手がける。

MESSAGE

新しい自分と出会える「朧朧国」から発信するネオアジア
アイデンティティと誇りを感じさせる「ROUROU」へようこそ

「朧朧国」(ろうろうこく)という、古くはヨーロッパや中国の影響を受け、 やがて争いのない文明を築きあげ、独特の文化や美術を持つ進化した未知のASIAの国...
そんな理想の国があると仮定し、その国のイメージをそのまま形にしたのが、私たちのブランド「ROUROU」です。
ROUROUの服は、伝統的な民族衣装のフォルムも残しつつ、刺繍やジャカードと言った日本の技術、またアジアならではの手仕事を取り入れています。
私たちの手がけたROUROUの洋服やアイテムを身につけることで、皆さんに気づかなかった新しい自分を見いだしてほしい。同時に、アジア人としての誇りを感じてほしい。そしてここ横浜・中華街だから、どこにもないネオアジアを発信できるのがROUROUならではの強みだとも考えています。
私は横浜の地場産業である、横浜スカーフのシルクスクリーンの捺染型を作る事を生業とする家庭に生まれ、モノづくりの現場を肌で感じて育ちました。
大人になるとその両親の会社を手伝いつつ、モデルの仕事もはじめました。
中でも幸運だったのが、1995年春夏のコレクションで、山本耀司さんのパリコレに出演させてもらった事です。
「ジャポニズム」をテーマにしたコレクションで、金蘭の帯地や、絞り染めと言った日本の伝統的な技法が使われた耀司さんならではの服を着せてもらいランウェイを歩いた瞬間、もともとコンプレックスだった和風な顔立ち、細すぎて扁平な体、そして繊細な心も、私のすべてが肯定されたような気がして、アジア人、日本人である自分、そのままの自分でいいのだと感じました。
朧朧国のコンセプトは、そんな経験からも着想を得ています。
2000年にブランドを立ち上げてから、夢を共有するパートナー、夫・石河陽一郎とともに日々忙しく走り続ける毎日です。
泥沼を浄化し、凜と咲く蓮のごとく、これからもROUROUは未来へと発信を続けていきます。デザイナー 早園 マキ (はやぞの まき)

ROUROUがあなたの日々を豊かにする
「自分らしさ」を認め合い、争いのない世界へ

精神的にも文化的にも進化したアジアのどこかにある「朧朧国」(ろうろうこく)。
もちろん、具体的にどの国というわけではありません。ただ目をつぶれば浮かんでくるのが、青い空、青い海、南国のフルーツ、スパイスが効いた料理、色とりどり原色の衣装や建物…シンガポールの風景です。
幼少時、父の仕事の関係でシンガポールに暮らしていました。シンガポールといえば、洗練された観光地のイメージが一般的かもしれません。しかし観光化が進んだのは1990年代以降のことで、僕が過ごした1970年代以前のシンガポールはもっと混沌としていて先進国の部分と自然豊かな田舎の両方の側面があったように記憶しています。
スーツを着たビジネスパーソンが歩く表通りこそ整備されているものの、一歩路地裏に入れば色鮮やかなヒジャブやサリーをつけた人々が路上で調理をしたり、洗濯をしたりしている。洗練された顔と生活の息吹が感じられる別の顔を持つシンガポールは、まさに多国籍な街でもありました。

人種や宗教もさまざまです。それぞれが狭い国土に同居しながら、混ざり合っても互いに染まることはなく…まるでマーブル模様のように調和されていました。
モスクの横に教会が、インド人の経営するカレー屋にムスリムのお客さんが行列し、夕方にはコーランの音楽がオレンジ色に染めた町中を包み込む、そんないい意味で混沌とした環境。市民それぞれが自らのアイデンティティに誇りを持ちつつ、他者の文化や歴史を尊重し、理解をしていました。
友達の人種も宗教も肌の色もバラバラでしたが、ごく自然に互いを認め合って遊んでいたのを思い出します。
意識することなく、自然と「自分らしさ」を認め合う理想郷「朧朧国」を求めたのは自分の心に芽吹いた劣等感があったからかもしれません。

僕の母は5人姉妹で比較的近隣で暮らしていました。そのためそれぞれの子ども達、いとこたちともまるで家族のように育ちました。
いとこ達とは麻雀、囲碁、将棋、オセロなどの勝負ごとをして遊んでいました。しかしまったく勝てません。学業においても、比較される機会が多かったように感じます。幼い頃から、「このままこの人たちと同じ土俵で戦うなら、勝ち目はないな」と感じる日々でした。
だからこそ、僕だからできる道を探す旅に出たのです。独立して、自分だけの店を持ちたいという気持ちがどんどん強くなりました。
そして「ものづくりの勉強をしたい」と思いから、マキの母(現在は兄が経営)が経営する会社でバイトさせてもらえないかとお願いしました。
小学校時代の同級生である彼女とも、このバイトを契機により親しくなりました。彼女はモデルの仕事のかたわら職人のひとりとして家業を手伝っていました。
「店を持ちたい」というデザイナー・早園マキと僕の夢、2人の夢が重なった瞬間です。
モデル経験もあり国際的視野を持つマキとよく話すのは、日本人は欧米文化に対して多少なりとも憧れや劣等感を持っているのではないか、ということ。
幼い頃外国に住んでいた僕から見れば、日本には比類なき文化を持ってます。
アジア人だけが持っている特有の美意識や価値観があるのではないかと。アジア人だからこそ似合うデザイン、洋服があるはずです。
さらに個々の文化やアイデンティティを認めつつ、それぞれがそれぞれのことを理解して尊重し合えば争いのない調和がとれた世界が実現できることも幼い頃に肌で学びました。

文化や考えの違いから争いが絶えない世の中ですが、一人ひとりが心の中の朧朧国をイメージしていくことで少しでも争いのない世界が作れればそれはこの上ない喜びです。
会社は経営者だけのものではありません。有能なスタッフたちやぼくたちのわがままを理解してくれる良い生産者、何より、そんな僕たちの服を買ってくださるお客様たちがいたからこそ、ここまで会社を継続してくることができました。
ROUROUに関わるすべての方に愛と感謝を込めて。
また世界が平和でありますように。

LOVE and PEACE

株式会社ロウロウ・ジャパン

代表取締役 総合プロデューサー石河陽一郎(いしかわ よういちろう)

ROUROU 朧朧国 - アジアの理想郷

朧朧国(ろうろうこく)という、古くはヨーロッパや中国の影響を受け、やがて争いのない文明を築きあげ、独特の文化や美術を持つ進化した未知のASIAの国...
そんな理想の国があると仮定し、その国の服などをイメージしてデザインしています。着たり身につけたりすることによってASIAの女性達に自らのアイデンティティに誇りを持ってもらうことが出来たら嬉しいです。ブランドのロゴマークは「朧朧国」の「朧」の漢字をデフォルメしたものです。

Lotus Room - アジアのお姫様

ROUROUのプレミアムライン『Lotus Room』は、朧朧国に住むお姫様のお部屋をコンセプトに、蓮の精神を感じさせるような、服作りをしています。蓮は泥の中にあっても泥に染まらず、池の水を浄化する神秘の花です。『ROUROU』ではこれまで、蓮をモチーフに使った服をたくさん作ってきましたが、次第に直接的な蓮だけでなく、蓮の精神を感じさせるような服を作りたいと思うようになりました。ブランドのロゴマークは、企業ロゴデザインや商品ロゴをデザインしている上海PAOS代表でもあり、文字研究家でもある王超鷹さんにデザインしていただきました。3,500年前に王宮貴族が使用していた文字『雅体』を使い、「楚々(そそ)」という漢字をデフォルメしたものです。

MAKING
「ROU ROUのもの作りを支えてくれる皆様へ、感謝を込めて。」