「シテとワキ」...世界の中心で叫ばなくてもかっちょいい
歌舞伎を観ていると、なんだかもう訳のわからぬ気迫や息もつけぬほどの美しさに
飲み込まれてしまう瞬間がしばしばある。
花形役者があまりにもその名に相応しい花道から登場し、
場の空気までもあっさりと変えてしまう瞬間。
若しくは興奮も最高潮の幕切れ、まるで錦絵のような風体で見栄をきった瞬間。
うまいとかそんなことを飛び越えて、ただただずーんと伝わってくる
何か説明できない大きさとか厚みとか深み。
どよめく観客席の“ジワ”の中で、これが“血”のなせる技なのかなあと感じる。
技量云々でなく、触れるものをストレートに圧倒させる何か。
何百年も続いている同じ名前の祖先がバックに連なっているという凄みかもしれぬ。
歌舞伎の家の生まれではなくても、真に素晴らしい役者は勿論いるけれど、
やはり“血”というモノも侮れないと思う。
ざっくり言ってしまえば、主役をはる名門の御曹司にはやっぱり華があるよね。
しかし言うまでもなく、舞台は主役だけでは決して成り立たない。
脇がしっかりしめてこそ主役がより一層輝く。
不肖おさる、歌舞伎を観始めて三年程でまだまだ日は浅いのですが、
最近脇役の中にも気になる役者さんを何人か発見し
関容子さんの「花の脇役」(新潮文庫)なんかを読むにつれ
ますます舞台の全てから目が離せなくなって忙しい今日この頃だ。
先日、毎年数日間だけ催される「稚魚の会・歌舞伎会合同公演」を観に行った。
歌舞伎俳優の養成所研修修了生と一般名題下を中心とした、
普段はとんぼをきったり腰元として後ろに控えたりしている脇役さんたちが
勉強会としてこの時ばかりは主役をはるのだ。
正直、華があるかという点で見れば、御曹司たちにかなわないかもしれない。
しかし華がなんだ、とも思う。彼らの努力はこんなにも美しく花開いている。
脇としての彼らも隅々までかっちょいいが、
主役だってやり切れる実力がある所が本当にイカすと思った。しみじみと良かった。
上の事とはちょっとニュアンスが違う話なんだけど。
ROUROUにおいての“看板”はやはりデザイナーで店長であるMAKIさんだろう。
ROUROUのファンは商品である服が好きというのは勿論のこと、
MAKIさんという存在に憧れている人も少なくないと思う。
しかしその“看板”をしっかりと脇で裏で支えているスタッフがいるからこそ
MAKIさんは安心して立っていられるのだろうと勝手に思っている。
さて、今やスタッフの最古参である陽蘭がこの9月でお店を去る。
出すぎずほっておきすぎず、適度な距離感の接客で
ROUROUをいつも居心地の良い場所にしてくれていた。
どんな時でも笑みを絶やさず、テンションが一定な所も
可愛いカオしてプロなんだなあと感心していました。
彼女はご実家の呉服屋「港屋」さんを継ぐべく修行に入るそうだ。
ROUROUにて“脇”できっちりと確実に仕事をしてきた陽蘭、
これからは港屋さんの“看板”として更に輝いてゆけるよう祈ってやみません。