Diary&Column/おさる式茶藝館

2008.3.17

「パチン!」...がま口の音はシアワセの音

大阪&京都に遊びに行ってました。三ヶ月もかい。まあ三ヶ月のうちの三日ほどね...
さて京都、それはとにかくデンジャラスな街である。
ハマにいるときゃあこれでも財布の紐が滅法カタイあっしではありますが?、
一旦京都に足を踏み入れたが最後、物欲だだもれで自分でも知らぬうちに散財スイッチがオンに!
あれ、このスイッチってオフがあったっけ?くらいずっーとオンで!
それはもうバカみたいに買物ばっかりしているのだった。嗚呼京都には魔がいます。
一体そんなに何を買うんだい、つうとまあこれが我に返ってみると益体もないものと言いましょうか、
さもないものと言いましょうか、よーく考えると京都じゃなくたって買えるじゃーんていうのも確かにあり、
でもその瞬間瞬間はせっぱつまって「今俺これ必要!」と助詞も省略で思いつめる程に
手に入れたくなっているのです。コワイコワイ。

以前、菊がついてる物はつい買ってしまうって書いたけど、それはそれで続行中で、
他にもがま口状のものがあるともう我慢できないっていう病にもどうやらかかっているらしい。
2,30円くらいしか入らないちっちゃいがま口や、長い紐を付けたらちょっとしたバッグにもなるがま口、
眼鏡を入れて良しな細長いの、メイク道具(そんなもんたいして持ってないが)を入れて良しな四角いの、
そしてただ持っているだけで癒されるまるっこいの。
もうがま口のていをなしていればオールオッケー!とばかりに端から釣られてしまう。
何かいいっすよねーがま口って。どことなく呑気で平和な感じ。おばあちゃん的なあたたかみ。
パチンていう音と一緒に、ささやかな夢や希望が今ここにしまわれたみたいな?なんつって。うふふ

と不気味に笑いながら今回買い集めたがま口の中でちょっと面白かったのが、
SOU・SOUと鳥取にある金持神社(かもちじんじゃ)とのコラボがま口であります。
色はゴージャスに金色もしくは銀色、SOU・SOUのよく知られた数字柄が映える逸品。
金持神社にて祈祷済ってことで神社認定のお印もがま口内部にしっかりついてはる。
おおありがたやありがたやと拝みつつ同行の友人とともに一つずつ買う。ちなみにわたくしは銀さん。
これで金運アップ間違いなしじゃ、と更に不気味に笑う金さん銀さんであるが、
この時点で所持金はかなり少なくなっていることに気付かないフリをしているのがやや悲しい。

更にがま口の良いところって、根付をつける為の(かどうかは定かではないが)穴が
金具部分にちょこっとあいてるでしょ。あれがまた楽しみを増やしていると思う。
がま口に合った根付を選ぶのがいとうれし。
言うたら、がま口の数だけ根付を買える!ちゅうこっちゃな。それは正しいのかな。
しかしさっきからがま口やら根付やらで、わしは全くもっておばあちゃんか、といった感もある。
正直こんなにがま口ためてどーすんの、とうっすら思わないでもないが、
おばあちゃんはすぐ忘れちゃうのでこれからもどんどん増えることでしょう。根付もな。

2007.12.31

「5キロ減る」...文系の底力を見てちょ

「5キロ増える」の後は、絶対「5キロ減る」のタイトルで!と密かに決めていた故、
現実を合わせるに至るまでこんなに時間がかかってしまった。
あれから二ヶ月...年末駆け込みで恐縮ですが、やっと目論み通りのタイトルで、
内容に偽りなく書くことができてほっとしておる次第である。

菊デニムパンツの腿あたりがぎっちぎちになり、そろそろ本気で笑えないかもと思っていたところで、
岡田斗司夫の『いつまでもデブと思うなよ』(新潮新書)を読んだ。
あのオタクの王様・オタキング岡田が1年で50キロの減量!別人すか?の変わり様。
その方法とは、ざっくり言うと食べたものをひたすら記録するというもの。名付けてレコーディング・ダイエット!
必要なのはメモとペンのみの、所謂文系のダイエットなのである。文系の、っつうフレーズが気に入った。
ビリー隊長のハゲしいキャンプにははなっから向いていない、そして案外粘着質?のわたくしにはうってつけ。
食べた時間と内容を正確に書く。毎日同じ時間に体重を量ってそれも書く。そんだけ。
で、何故体重が減るのか納得のいく説明を望むならば、
オタキングの理詰めの(しかし実に飲み込みやすい)思考法をちゃんと読んだほうが良いけど、
多分毎日データを採集してると自分がどんな時間にうっかり食べちゃうかとか
こんなものを好んで食べてしまう傾向にあるだとかがおのずと見えてくるみたいな話だと思う。
記録をしていく次の段階でカロリー計算があるが、私の場合は細かい計算をするに至らなくても
5キロ減ったよん。

食べたものを全部いちいち書くのは面倒くさい、という向きもあろう。
でも深夜にふいっと訪れる空腹の魔の時間、今までならば小腹減った〜と言いつつ
カクジツに何か食べていたわけであるが、今はこれ食べたら書かなくちゃいかんなあ→
それは面倒くさいなあ→じゃ食べるのやめるか、という心の動きもあったりする。
何を面倒と感じるかは人それぞれだけど、貯金通帳を見てうはうはするタイプの人には合っている
ダイエット法ではないかな。

思うにその要領で家計簿とかつけたらお金の流れも見えてきて、きっと無駄遣いもなくなるのだろう...
しかしそれは出来ん!こわくて!まだまだ現実を見つめられない不肖のおさるである。
でもどこかに逃げを残しておかないと生き辛いとも言えましょう。(更に逃げ)

とりあえずこんな按配で5キロ減らすことに成功はしたが、
年末年始をこのまま乗り切ることができるかはちょっと不安。食べるもの多いしネ!
そうなるとまた前のタイトルに戻ってしまうやもしれないので、現時点でしか書けない「5キロ減る」、
新鮮なうちにお届け致しました。ではまた来年。

2007.10.23

「5キロ増える」...ま、いっか!ご飯旨いし!的な秋

一体何ヶ月引越ししてるんだ...と自分でツッコミを入れつつ久々の登場である。
前回のコラム後ドロンしたかのようなおさるに、引越しとか言ってホントは夜逃げしたんじゃねえの?
みたな問い合わせもまるでなかったのをいいことに、勝手にのんびりしちゃった。
そうこうしてるうちに季節はもうすっかり秋。
空が高いね青いねー、なんて立松和平のようなことを呟いちゃあ一年ぶりの学ランに
目を細めています。嗚呼学ランが黒いねー。

さてわたくしも衣替えをしたのだが、それは前年比5キロ増のこの身にとって少々苦い秋の幕開けであった。
服が入らないし入っても似合わない。ウエストが太ももが二の腕が主張しすぎ。
なのに胸は引っ込み思案☆て星マークつけても可愛くもなんともない。
いろんな部分のままならぬ感に歯噛みしながら、年に二度ほどの歌舞伎遠征に思いを馳せる。
あれだ、あの遠征の度に少しずつ膨張しているのだ、わしは。
歌舞伎観てご当地の旨いものを食べて飲んでまた歌舞伎観て
ほとんど観光らしい観光もせずまた旨いものを食べて飲んで。
今月初めの名古屋遠征でまたわたくしはひとまわり大きくなっていた。きしめん手羽先ひつまぶし...。
しかし秋はなんでだか食欲が湧く。
もうあんまり諸々の欲がなくなった昭和枯れススキでも食欲だけは旺盛!ご飯おかわり!
やっぱり新米は旨いネ!そして気がつくとちょっとした彦摩呂や〜、な自分に愕然とするのであった。

さて愕然としたのもほんの一瞬、即忘れちゃう食いしん坊一家は、先週の日曜日葉山港の朝市へ行った。
四時起きで、着いた時にはまだ真っ暗で、7時に釣り舟が出払ってから市がたつというのでそれまで待機。
並んでいる人達と情報交換などしながら待っていると、7時半くらいからぼつぼつ野菜や魚が売られ始める。
マグロのカマとほほ肉セットで1000円、イナダ三匹1000円、他にも釜揚げシラスや生シラス、
ボンジュールのパン等々を買い求め、かわりばんこに列に並んでは牛筋煮込みやクラムチャウダー、
マグロ丼シラス丼海鮮丼コロッケメンチカツなどをむさぼり食べる。
一番のお目当て、チャヤのケーキ切り落とし(一人ひとつ、100円)も無事入手して全員ほくほくで帰路につく。
早起きは三文の得だぜハッハッハッと高笑いするわしらはまたまた大きくなっているに違いない。
測ってないけど、コワイから。

しかし食物を旨いと言って食べられるなんてきっと幸せなことなのだ。
いろんなことに感謝しながら、しっかりご飯を食べよう。
おいしいものをおいしい時においしく食べる。それだけで何かうまくいく気がする。
食べる自分を全面正当化なまとめもどうかと思うが、まあ気候も良いことだしぽよよんとして秋を楽しみたい。
ぽよよんじゃなくてぷよよんかも。

2007.7.29

「さらば我が家と言おう」...実録!引越しおさる

本がどうにも収納できなくなったので、引越しすることにした。
なんつってそれはちょっと大袈裟だけどね☆
でもひとつ部屋が増えるのでこれで少しは本も片付くってものでしょう。
今は引越しに向けていろいろ大変な毎日だ。
もう一生ここから動かないと思っていたのに...
まあ生きてるといろんなことがあるものだ。

まずはいるものといらないものの整理をしようと、手紙や書類などに手をつける。
PC環境が今ほど快適でなかった頃、友人とはよくファックスでやりとりをしていて、
当時のファックスが山の様に残っている。うっかり読みふける。お、おもしろい!
特に書店員時代の友人たちはオタク臭の漂う人々が多かったので、
濃ゆくて饒舌なファックスにしばし没頭...って、いかんいかんこれでは全く進まない。
ええい、とりあえず全部キープだ。
そうこうしているうちに、ネタ帖のようなものを大量にみつける。うっかり読みふける。お、おもしろい!
その時その時のほとばしる感情が、自分でも忘れていたアツイ思いが、
文学少女にありがちな鬱陶しくて回りくどい表現を以って書き連ねてある。いててててて。
読んでいると時々男子ネタにも遭遇するのだが、誰のことなんだか皆目検討がつかないこともある。
この王子は一体誰...?記憶の森ですっかり迷子です。
色々痛くなったところで、こんなことしてる場合ではなーい!と我にかえって、
ネタ帖はとりあえず全部キープで片付けへ戻る。そこへ現れるいにしえの交換日記。
うっかり読みふける...といった按配の一歩も進まぬエンドレス。
これじゃあ全く終わる気がしねえ。しかもまだ何も捨てられてねえ。

そんな感じの状態が一週間ほど続いておりまして、実はもう明日に引越し期日が迫っている次第です。
こうしてパソコンに向かっておさる式に愚痴ともぼやきともわからぬ駄文を綴っているのは
完全に逃避ですわ。いまここにある山積み作業から少しでも目を逸らしたい..。
こんなことしてても後で自分が大変なだけなのに、嗚呼人間て弱い生き物ね。
しかもこの作業には案外な寂寥感がつきまとい、なんだかせつなくなっちゃうの。
この家は狭いけどそれなりに凝ってリフォームして、あちこち思い入れもあって結構好きだったのにな。
まあ出て行くって決めたのは自分だけど、やっぱり寂しいものである。
引越し+寂しいというワードがきっかけで、さだまさし(よりによってさだまさし…)の「転宅」という歌を
100年ぶりくらいに思い出した。
親父が人生で負けて家族で住んでた大きな家を出て行くので背中まるめて荷造りして
イヤな思い出は残していこうとお母さんが言って人生は潮の満ち引きがどうのこうの、というくらーい歌。
これを口ずさみながら荷造りしてたらなんとなく自分まで負けて夜逃げの気分になったのだが、
いや俺は別に負けてはないんだった!と気を取り直してまた頑張る所存です。

2007.5.30

「ノッティングヒルの青いドア」...今更だけどずっと好き

辛い時やブルーな時、もしくは全然辛くない時も、
私は映画『ノッティングヒルの恋人』をかなりの頻度で見ている。
好きなものに不変の愛情を注ぐ傾向にある、といいますかいささかしつこい性格であるため、
んもうこればっかり繰り返し見ている。ちーとも飽きない。
ストーリーはご存知の方も多いと思うが、ロンドンはノッティングヒルで旅行書専門の本屋を営む
ウィリアム(ヒュー・グラント)が超有名ハリウッド女優のアナ(ジュリア・ロバーツ)と偶然出会い
恋におちるみたいな、とりあえず有り得ねえ!的な話。
住む世界が全く異なる二人故の紆余曲折があった後に訪れる、クライマックスのシーンで毎回必ず泣く。
感極まったところで畳み掛けるように流れる、エルビス・コステロの『She』が更に涙を誘う。
嗚呼、嗚呼。

実は私は昨今、ほとんど洋画を見ない。
邦非映非連(邦画ニ非ズンバ映画ニアラズ連合)という邦画をこよなく愛する団体(メンバー二名)に
所属している関係もあって、専ら邦画に重点を置いた映画ウォッチャーである。
しかしヒュー様映画は別腹だ!じゃなくて別格だ!これだけは洋画だ邦画だ言っていられない。
ヒュー様の映画は絶対だからだ。
もう20年くらい前のこと、今で言う腐女子的な乙女であった頃、
英国発お耽美同性愛映画『モーリス』の中で、私はヒュー様に出会った。
主人公モーリスを初めに衆道へと誘ったクセに自分はとっとと普通に女子と結婚をしてしまうという
実にイケない男子の役であった。あの美しいかんばせの小悪魔ちゃんを到底忘れられるハズもなく、
それからと言うもの彼が出ているというだけの理由でどんな駄作(失敬)でも見続けた。

基本的に無責任な駄目男の役が多いのだけど、
スイートなルックスなのに何処かとほほな感じっていうギャップにヤラれる女子が多いのか、
いつの間にかヒュー様はラブコメの王子様なポジションに君臨している。
秘書にひとめぼれして今いち仕事に身が入らない素敵な英国首相(『ラブ・アクチュアリー』)、
ちゃらちゃらして薄っぺら〜いけど憎めない上司(『ブリジット・ジョーンズの日記』)、
親の遺産で仕事もせずに呑気に暮らす独身男(『アバウト・ア・ボーイ』)などなど
どれもヒュー様ならではの魅力に満ちたはまり役。
最新作の『ラブソングができるまで』では80年代のポップスターを歌とダンス込みでキュートに演じている。

ヒュー様の映画を見ると、彼の真似をして普通のシャツが着たくなってしまう。
なんでもない白いシャツにコットンパンツ、これまたなんでもなさそうなジャケットを引っ掛けて
それだけで見事に決まってしまう英国紳士。
『ノッティングヒル』では、アナがウィリアムを好きになったわけが正直今ひとつわからないのだが、
この姿かたちだけで何も理由はいらないなーとも思ってしまう説得力はある。
王子様とお呼びするにはややシワの多さが気になるお年頃感は否めないが、
まだまだ世の中の女子を無責任にたぶらかして頂きたいものである。

原稿を書くにあたってまたまた『ノッティングヒル』を見直していたわけだが、
うっかり見入ってしまってちーとも進まなかったことを告白しておきます。

2007.4.01

「ライト・テツ・ライフ」...夢はドクターイエローを見ること

システムはよくわからないのだが、関口宏の息子が片道切符を用いてひたすら電車に乗って行く、
っつう番組をNHKで見た時、心の底から受信料返せと思った。
なんという意味のなさ、なんという無駄...。
どうせ全国まわるんだから、お前ついでに支払い拒否の受信料でも集金しろよ。などと悪態をつきながらも
何故かせっせと見続けてしまったのは、今思えばわたくしにテツの要素があったからかもしれない。

もっか我が家では鉄道がアツイ。甥の開蔵(仮名・3歳?)が大の鉄道好き!という理由から。
人間誰しも、好きな事に関しては覚えも早い。
乳幼児とて例外ではなく、まだしゃべるのもおぼつかないお子が
カタコトながらもあらゆる列車の名前を覚えているのは全くもって驚異である。
勢いわしらも開蔵のご寵愛を受けたい一心で、競うように鉄道周辺の諸々にはまっていくことになる。
Nゲージを買い与え、電車の写真のついたパスネットを集め、
旅先ではご当地もの列車を写メールで撮ってせっせと送信...。
自分にこんな日がやってくるとは、げに人生とは油断ができぬ。

知性派のわたくしとしては、鉄道を知る為にまずマンガから入ってみた。どこが知性派だ。
とりあえず鉄道のことは全然わからんので絵がある方がいいかなーと思って。
まず着手したのは綾辻行人&佐々木倫子の『月館の殺人』(上下巻・小学館IKKIコミックス)。
謎の豪華列車で殺人が起きるっていう話なのだが、この本で私は“テツ”の存在を知った。
所謂鉄道ファンというか鉄道おたくというか、鉄道をこよなく愛す人々のことを指す呼び名で、
甥の開も明らかにこちらにくくられるのであろうな。
テツにも色々ジャンルがあるらしく、写真を撮ることが好きな“撮りテツ”、
とにかく各地に行っては乗りまくる”乗りテツ“、
時刻表を熟読しては乗り継ぎなんかを考えたりする(のかな、よくわかんないけど)”時刻表テツ“、
他にも”模型テツ“”コレクションテツ“...などなど。
ミステリとしても楽しめるが、豪華列車に乗り合わせたテツな人たちの業の深い行動がかなり面白く、
テツ入門編としては適当な一冊であった。

更にディープさ求めて読んだのが、菊池直恵&横見浩彦の『鉄子の旅』(全六巻・小学館IKKIコミックス)。
鉄道に何の興味もない一般人である漫画家の菊池さんが、JR・私鉄全線全駅下車っつう
偉業を成し遂げたトラベルライターで筋金入りのテツ・横見さんに振り回されながら
各地の鉄道に乗るというマンガ。とにかくハンパじゃないテツ横見の激しいキャラに圧倒されるんですわ。
鉄道を愛するが故のキテレツな行動に最初こそドン引きするけれど、
どんな無茶な工程にも菊池さんと共にだんだん慣れていくのがスゴイところだ。
「観光なんかしてる場合じゃない」「しまった、連休だからテツが多い」「時間があまったからもう一往復」
などの傑作が多い横見語録も実に味わい深い。

最近では酒井順子が『女子と鉄道』(光文社)なんかも書いてるし、女子にもテツの波がきているのかも。
牛に引かれて善光寺参り的に鉄道に興味を持った私ではあるが、
毎日の出勤もちょいテツ目線で過ごしてみると楽しく思えるのは気のせいか。
品川から田町への間、車両基地にも熱い視線を注いだり、京急線の連結にもときめいたり。
そして今となっては関口宏の息子がくだんの旅をしながら書いた本(案外絵が上手い)なんかも
手にとってしまうほどに成長?したのである。いい加減名前覚えてやれよ、とも思うが。

2007.2.05

「ゆっくり、きちんと」...スローなウッキーにしてくれ☆

昨年末、2006年の邦画ベスト10とか呑気にまとめていたら久しぶりに肺に穴があいたりなんかして、
もうダメだ...と力なく浅い息をしているうちにあっという間に2007年があけちゃって、
んじゃあそろそろ穴もふさがったことだし今年の目標でもたてますかとゆるゆる考えてはいたのだが
たいした事も考えつかないまま月日は巡り、早や立春になりにけり。嗚呼。
時の流れがあまりに早すぎる...と風間杜夫版・会津藩主松平容保(86年日テレ年末時代劇『白虎隊』より)
で呟いてみるも、これって20年前のドラマなのネっつうことにまたまた愕然とし、
時の流れがまったくもって早すぎる!と改めて逆ギレ気味に思うのであった。
(BGM:『愛しき日々』by堀内孝雄)

などと色々あったようなないような怒涛の年末年始を乗り越えた今思うのは、
ちいちゃいと言われてもいいから、今年はとにかく丁寧に暮らそうと言うこと。
坂村真民が書いた、素朴でストレートにうったえかける詩『二度とない人生だから』を読み、
普通のことを普通にやるっつう案外な難しさと、
だからこその大事さ&尊さなんかを今更ながら噛み締めている。
例えばこんな一節がある。
「二度とない人生だから/一ぺんでも多く便りをしよう/返事は必ず書くことにしよう」。
普通じゃん、と思うね。しかし出来ているのかと問われれば、これが意外に出来ていない私だ。
忙しさにかまけて(なんつって実はそれほど忙しいわけでもなくただ忙しがってるだけなのだろうが)、
便りを書いたり返事をしたりと言ったことをつい後回しにしている。
そうこうしているうちに、もう永遠に会えなくなってしまう人もリアルに出てくる年頃になってしまった。
返事を出せなかった手紙を握り締めて後悔はしたくないものだ。
当たり前のことをひとつひとつ、きちんとやり遂げて、身の丈にあった暮らしをしようと思う。

宮沢賢治の『雨ニモ負ケズ』ほど品行方正にはいかないけれど、
河島英五の『時代おくれ』にもちょっと涙が出ちゃうくらいに理想を感じる。
ま、これは男子がかくありたいっつう歌なんだがね。
そして“マイクがきたなら微笑んで十八番をひとつ歌うだけ”って部分が
いっとうハードル高いかもしんまいけどね。
時代遅れと言われるくらいストイックに、謙虚に、そして黙っていてもあったかい、
ちょっとわしが書くとしゃらくさくなるのは否めないけれども、そういう者にわたしはなりたい。