Diary&Column/ボス

2007年05月31日

デザイナーの真実

デザイナーの仕事って聞くと、一日中スケッチブックを持って、
優雅にスラスラスラっと、スケッチを描いているような
華やかなシーンをイメージする人も多いんじゃないでしょうか?

今日は、実際にデザイナー・MAKIがアトリエで、
一体どんな仕事の仕方をしているのか、ちょっぴり
紹介したいと思います。

もちろん冒頭に紹介したみたいなスケッチを描くことも
大事な仕事のひとつです。
実際、いつでも思いついた時にすぐに描けるよう、
MAKIの持ち歩いているbagの中には、常にスケッチブックが
入っています。デッサンもよく描いています。

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ただ、MAKIがスケッチを描いていたり、デザインに
ついて考えたりしている時間は一日の仕事をしている
時間全体の十分の一も無いんじゃないでしょうか?
一日の中でだいだい10分くらい、多くても
30分くらいだと思います。

じゃあ、毎日12時間以上アトリエで何の仕事を
しているのかといえば、これから説明する、もっと
地味で細かい作業をしています。

たとえば、発注の作業。
これが一番時間のかかる作業なんじゃないでしょうか?
どの生地を使い、各部の仕様はどういう風にし、
各部位のサイズはどうだとか、ステッチは何色の
何番手の糸をどういう方法で打つのか、などなど、
細かいことを決め、記入していきます。

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次に生地の選定です。
何を使うのかなど、膨大な資料の中から探し出します。
その後各メーカーや織元に在庫状況を確認し、無いものに関しては
納期を調整しながら手配をします。
1着作るのに何メートル生地を使用するのか、細かい計算も
毎回します。この計算も結構めんどくさいんですよね。
使用生地の種類が倍に増えると、この計算にかかる時間も倍増えます。
たくさんの生地の見本帳を広げながら、一軒一軒電話で
確認してひとつひとつ手配をしていきます。

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オリジナルでプリントする場合には、規格にあわせた図案を作成
します。これがまたなかなかめんどくさい作業なんですよね。
マキは実家のスカーフの製版型をつくる会社で、モデルをしながら
職人として働いていたキャリアがあるので、図案の作り方を
たまたま知っていたんですよね…
どんな経験も無駄にならないモンですね…

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仕様書を作ったらパタンナーに発注をします。
ROUROUを手伝ってもらっているバタンナーは個人や企業
いくつかあり、それぞれ得意分野があるので、デザインによって
振り分けてお付き合いしています。
パタンナーはパターン(型紙)と「トワル」をつくり、
ROUROUに納品します。
トワルとは簡単に言うと、「服の模型」です。
シーチングで作ったダミーの服の事です。
実際に着用し、服のシルエットや分量感をチェックします。
修正する箇所は細かく修正の指示を出します。

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そしてそのパターンとトワル、それから生地やら
必要な部材などをアチコチから取り寄せて、今度は
工場に発注するわけです。

ROUROUでは現在国内は神奈川・東京をはじめ、
愛知、千葉、岡山、愛媛、新潟などに取引のある
縫製工場があります。
海外はインドネシア、ベトナム、中国にそれぞれ
3-8くらいの契約工場があります。
それぞれ全部コストが違うのは当然ですが、それぞれ
みんな得意不得意の特色があり、また設備や時期によって
混み具合も違うので、商品のデザインや仕様、販売価格
などを加味しながら、過去の経験に基づき、各工場に
振り分け発注をします。

当然発注し終わった後も、細かい仕様の打ち合わせや
納期管理、品質管理をしていかないといけません。
思わぬ事故が起こることもしばしばあり、そのつど
その対応に追われます。

と、ここまでがおおよそのデザイナーとしてのMAKIの
仕事です。
デッサンやスケッチ、デザインを考えている時間以外にも
たくさんの仕事があるのをお分かりいただけましたでしょうか?
昔は店頭に立ちながら、この作業をしていたんですから、
振り返ると、やっぱりだいぶ無茶していましたね…

今、増え続ける一方のMAKIの補佐として、もともと通販を
担当していた、たまらんがMAKIをアシストしてくれています。
生まれつき几帳面な性格に加え、彼女も服飾系の短大を
卒業していて趣味で服を自分で作ったりしているので、
要領を得ています。
MAKIもだいぶ助かっているみたいです。

僕たちにとっては見慣れている、日常の当たり前の
仕事内容ですが、MAKIがふだんどんな仕事をしているのか
興味をもっている人もいるかもしれないなー、と思って、
今日はそんなアトリエの仕事の一部を紹介してみることに
しました。


2007年05月22日

無国籍

僕は顔も無国籍な感じですが、感覚も
わりと無国籍な方なんじゃないかと思います。
海外に行って、工場と交渉して仕事を頼んだり、
モノを買い付けたり、取引先を探したりするのも
あまり苦労せずやれるほうなのですが、
それは、育った環境によるのかもしれないなと
最近思います。

前にも書きましたが、僕は建築家の父親の仕事の
関係で、幼少期をシンガポールで過ごしました。
人種のるつぼといわれるシンガポールで、さまざまな
人種、宗教の子供たちと友達になりました。

マレー人の友達とはトランプをして遊び、
香港人の友達とはラジコンをやって遊びました。
イギリス人の友達とはスターウォーズごっこをし、
オーストラリア人の友達とはスケートボードをやって
遊びました。
近所のインド人のお兄さんに映画に連れて行ってもらい、
アメリカ人のこどもとスクールバスの窓越しによく
ケンカをしました。

いろんな人種や宗教の友達と遊んでいるうちに
それぞれの違いを見つけることよりも、それぞれが
共通する価値観を見つけ、遊びを通じて「たのしい」とか
「おもしろい」とかを共有する事を身につけたような
気がします。

考えてみたらここ、中華街も外国みたいなもんです。
路地を一本奥に入ったら、日本語よりも中国語の方が
たくさん聞こえてくるくらいです。
ひとくちに中国といっても、出身地域によって
言葉や文化、考え方もぜんぜん違って、それこそ
人種のるつぼです。
日本人の割にはいろんな人たちと上手くやっているんじゃ
ないんでしょうか…?
ここでも「無国籍感覚」が役立っているような気がします。

この街が妙にしっくりくるのは、僕の育った環境の
せいかもしれませんね。

2007年05月19日

赤ちゃんでSHOW…?!

MAKIの日記にたくさんのコメントつけて
いただきまして、ありがとうございます。
プライベートな事を書いちゃってすみません。

ほんとうは、あまりにも個人的なこと過ぎるし、
書くのをどうしようか、ふたりで悩んだのですが、
ROUROUのお客様は、僕たちにとって、
家族も同然だし、ただ単に商品のやりとりを
しているだけでなく、それ以上の関係だと
僕たちは思っているので、思い切って書いちゃいました。

もちろんみなさん驚いていらっしゃると思いますが、
誰がびっくりしたかって、実は僕たち自身が
一番驚きました…
もう、ほんとびっくりです。

今年は「スロウなROUROU」をテーマに、たとえるなら
車から自転車に乗り換えるくらいのつもりで、ゆっくり
じっくり、仕事をしていこうと思っていましたが、
実はちょっと不安だったんです。
新しい事を見たり聞いたり、思いついたりすると、
どんどんやりたくなってしまう性格なので、最近
「だいじょうぶか、オレ?」って正直思っていたんです。
しかし、そこに今回のニュースですから、
もういやおうなしに、アクセル緩めて運転することに
なりそうです。

それに関連するお話でひとつみなさんに残念な
お知らせをしなければなりません。
ほんとうにほんとうに申し訳ないのですが、
春と秋にやっているファッションショーを
今年は2回ともおやすみする事になりそうなのです。
少しずつ企画を詰めていたところだったので、僕たちも
とても残念なのですが、こういう状況になってしまい
ちょっと出来そうにないんです。
楽しみにしていたお客様、すみません。どうか許してください。

ショーの開催には、見かけ以上にものすごいエネルギーを
使うのです。
今年はその分のエネルギーを次回のために充電して
おこうと思います。
次にやるときには、必ず満足いくSHOWを開催しますので、
僕たちに少しだけ時間をください。

あ…
SHOWといえば、先日「東京コレクション」を運営する、
「東京ファッションデザイナー協議会」に、正式に
「東京コレクション参加ブランド」に認定していただきました。
3000以上あるといわれる、国内のファッションブランドのなかで、
日本を代表する150メゾンの中に入れたことはとても
光栄な事だとみんなで喜んでいます。
これららもROUROUらしい歩み方で、ものづくりを続けて
行きますので、今後ともよろしくお願いします。

2007年05月12日

夢の計画

ちょっと前の日記で、1999年のゴールデンウィークの
中華街を見て、ROUROUを始める立地を決めた
ハナシをしましたが、「ROUROUプロジェクト」は
さらにそれよりもさかのぼった、1995年くらいから
具体的に準備し始めました。
僕とマキが結婚したのは98年ですから、さらに
その3年くらい前からふたりで計画し始めたことになります。

そう考えると、最初にコンセプトや店頭に並べる
商品を考え始めたのは、もう結構昔の事なんですね。
自分たちの事ながらびっくりです。
どうりで年を取るわけですね…(しみじみ)

準備ではまず2つの計画を同時に進めました。
まず、ひとつ目はお金をためることです。
安月給で働いていたので、これには苦労しましたね。
もうひとつは独立に必要なノウハウをいかに取得するかと
いうことです。

マキはモデルをしながら、家業を手伝っていました。
マキはモデルをする傍ら、シルクスクリーンの製版型を
作る家業の職人として働いていたので、プリント柄の
作り方やデザインの仕方について、身につけていました。
また、家業を手伝いながら、モデルもしていたので、
さまざまなデザイナーに接する機会に恵まれ、
ものづくりの姿勢を勉強したり、SHOWの裏側を見たり、
デザインに関すること全般を勉強することができました。

僕は独立に必要なノウハウを覚えるために4社の会社で
サラリーマンしました。
貿易や小売業の運営について、輸出入の手続き、
商品の生産の仕方について、それぞれの会社で
勉強させてもらいました。
どの会社もお給料じゃなく、内容で決めていたので、
本当に貯金がたまらなかったんですよね…

そうしてようやくお店をOPENすることができたのですが、
大変だったのは、それからでした。
いろいろ勉強してきたつもりでしたが、始めてみると
分からないことばかり。
毎日ふたりで徹夜で勉強したり、勉強したりしました。

自分で何かをするって本当に大変です。
サラリーマン時代とは違った大変さがあります。
ただ、もちろん自分たちでやっているからこそ得られる
やりがいもあります。
たとえば、お客さんにありがとうとか言ってもらえたときの
うれしさって、サラリーマン時代も、もちろん
うれしかったのですが、今はその100倍うれしく
聞こえるんですよね。

設立してからもう6年半もたっているのに、まだまだ
勉強しながら、悪戦苦闘してやっています。
最近、仕事で連日徹夜が続いているので、昔の事を
思い出し、オープン当初の事を書いてみました。

2007年05月07日

貧しきものは幸いなり

すでに持っているものの大切さって意外に気が付かないモンです。
いや、もしかしたら、持っている人より、むしろ持って
いない人こそ、その大切さを知っているのかもしれませんよね。

たとえば、歩くことの楽しさやすばらしさを知っているのは
歩く事ができない人かもしれないし、美しいものを見ているのは
目の見えない人かもしれないし、美しい音楽を聞いているのは、
耳の聞こえる人よりも聞こえない人かもしれませんよね。
美しさとか、あったかさとか優しさとか、心地よさとか、
そういうことが分かるのって、その反対の事を知らないと
なかなか分からないモンなんですよね、きっと。

でも、人間ってわがままだから、ついついそういうこと、
忘れちゃう…
最初は「ありがたいなー」って思ったことも、当たり前になると
ちっともありがたいなんて思わなくなってしまい、しまいには
「もっと○○だったらいいのに…」なんて、簡単に
思っちゃうんですよね。
ほんと気をつけなきゃいけないですね…(しみじみ)

あ…なんでこんなハナシしたかといえば、僕おかげさまで
病気がすっかり良くなったんです。
この連休中にお店に来た、何人ものお客様から、
「ボス、からだ大丈夫ですか?!」って心配して聞かれたんです。
当の本人の僕は、
「あれ、オレそういや病気だったっけ…」みたいに
健康の大切さや、恵まれた環境への感謝の気持ちをすっかり
忘れそうになっていたので、自戒の意味も含めて、
今日はそんな事を書くことにしました。

2007年05月04日

ゴールデンウィークの思い出

ゴールデンウィークを迎え、中華街は今ものすごい
観光客であふれかえっています。
ちょうど今日がピークで、少しずつ後半にかけて落ち着いては
来るのですが、この連休中の中華街はかなりの賑わいです。
たくさんのお客さんがきて、露店がたくさん出て、
獅子舞のイベントがあって、大きなパレードがあって、
この1週間、朝から晩まで、街中がまるで大きなお祭りの
うねりの中に飲み込まれているような、不思議な雰囲気になります。

ゴールデンウィークの期間、みなとみらい線の元町中華街駅の
利用客数は60万人以上もあるそうです。
もちろん、駅を利用した人すべてが中華街に来る訳ではないと
思いますが、そうとうたくさんの人が(おそらくお腹をすかせて)
中華街に遊びにやってくることは確かです。

この混雑を初めてみたのは、7年前のゴールデンウィークでした。
まだROUROUをはじめる1年以上前の事です。
その年のさらに3年くらい前から、MAKIとふたりでROUROUの
プランについて、企画をあれこれ練っていました。
7年前のちょうど今頃、僕とMAKIはROUROUのコンセプトに合う
立地を検討している最中でした。

最初からコンセプトがしっかり決まってしまっていたので、
出店場所を決めるのには、そうとう時間がかかりました。
普通は店舗物件を決める場合、「駅から○分以内」とか、
「築○年以内」とか、「人通りのある通りに面している」とか
そういう事を念頭において探すのが普通ですが、僕たちは
そういうことよりも、まずエリアそのものがもつ「雰囲気」に
重点を置いて探しました。

アジアのどこかにある、精神的にも文化的にも進化した理想郷の
服をインポートして、店に並べるとしたら、どういう立地が
ベストなんだろう、どの町にあったら、しっくりくるだろう、
あちこちの町を見て回りました。
正直言って、当時中華街はまるっきり眼中にありませんでした。

ちょうど地元の高校の同級生との食事会が中華街であり、
MAKIとふたりで参加したのが、ゴールデンウィークの
最中だったのです。
目の前の光景に驚いたことを今でもはっきりと覚えています。
もう動けないくらいの人、人、人…
呼び込みの掛け声や、栗を売る中国人の売り子の声、
獅子舞隊の楽器の音や、爆竹の炸裂音…
映画・ブロードランナーで見たような、色とりどりの
カラフルなネオンサイン、派手な衣装を着た料理屋の店員。
飛び交う北京語、広東語、その他耳慣れない外国語…

どの出店候補地を見ても、なんとなくしっくり来なかった
僕もMAKIも、お互いに顔を見合わせ、うなづきました。

それから、毎週末中華街に通い、物件探しを初めました。
血縁や人のつながりを大事にする、ここ中華街では、
日本人で、街の中に誰も知り合いがいない、まして年も若く、
経験も無い僕たちに物件を貸してくれる大家さんを探すのに
とても苦労しました。
ようやく今の一店舗目を見つけたときは、はじめてみた
ゴールデンウィークから、半年経とうとしていました。

ただ、初めて見た、お祭りのような賑わいは、当然
毎日続くわけでなく、雨の日の平日や、冬の寒い日の夜など、
まるで別の町のように姿を変えてしまいます。
週末くらいはゴールデンウィークの10分の1くらいのお客さんが
来てくれるんじゃないかな、なんて甘い期待は簡単に裏切られました。
また、中華街に空腹を満たしに来る人はたくさんいますが、
洋服を探しに来る人はあまりたくさんいない事もちょっとした誤算でした。

その事を知ったのは、実際に店舗をオープンした後の事でした。
観光地にあろうと、どんなに一見さんが多かろうと、結局は
地道にリピーターを増やしていくことが一番近道だとわかるのに
それほど時間はかかりませんでした。

街全体がお祭りのようになる、このゴールデンウィークを
毎年迎えるたびに、当時の事を思い出し、初心に返る気がします。
中華街には季節によって、様々な表情がありますが、
このゴールデンウィークこそ、ROUROU誕生のきっかけになった
期間と言ってもいいかもしれません。
この独特の雰囲気の中にあるROUROUに、ぜひ遊びに来てみませんか?