Diary&Column/ボス

2006年07月31日

続・くるまで待ってろ!

ヨットから降りた僕に父がかけた言葉「来るまで待ってろ」。
しかし待てど暮らせど、父は来ません。
車が止めてあったところに行くと、なんと車がありません。。。

しばらく呆然としていると、やがて日が暮れてきました。
人もまばらになり、だんだん不安になってきます。
「たぶん置いていかれちゃったんだ」
そう気がついたのは、だいぶ経った後でした。
それにしても、荷物はもちろん、電話をする小銭すら持っていません。
(だって僕は海水パンツにTシャツ姿ですから)
自宅は茅ヶ崎。江ノ島からはとても歩いて帰れません。
一番近いのはヨットを保有している藤沢の叔父さんの家。
おそらく江ノ島から7-8kmくらいでしょうか?
子供の足でも歩けない事無い距離ですが、そのあたりの土地勘が
無いばかりか、僕は誰にも負けないくらいの超方向音痴。
どちらの方向に歩けばいいのかすら分かりません。

ともかく海の方向には歩けません。
それから、行くべき方向が海沿いではない事も、なんとなく分かりました。
そして残る一方向の海と逆方向に歩き出し、大きな通りをまっすぐ、
とにかくまっすぐ歩きました。
いくつか大きな十字路に当たりましたが、とにかく迷わずまっすぐ。。。
しばらくすると、見た事のあるスーパーの看板。
とうとう親戚の叔父さんの家まで歩いて行くことが出来ました。
叔父さんの家から自宅に電話をすると、父がカンカン。

父:「オレは言っただろ、くるまで待ってろって!(怒)」
僕:「だからくるまで待ってたよ!」
父:「くるまにいなかったじゃないか!」
僕: く、くるまに...?!

ハイ、勘の良い人はもうお分かりですね。
酔うと訛りが出る父の「車で待ってろ」を、僕は「来るまで待ってろ」と
勘違いしてしまったのでした。

夏になると、毎年この事を思い出し、可笑しくなります。
ホント、とんだ勘違いでした。。。
それにしても帰りの電車の中で、海パン姿は恥ずかしかったなー。

2006年07月29日

くるまで待ってろ!

ようやく関東地方にも夏らしい日差しが照りつけ、例年よりも
ちょっと遅いですが、いよいよ夏本番とういう陽気になりましたね。
この季節に思い出すのは、幼い頃の夏の思い出です。
最近でこそ、足が遠のきましたが、僕は小さい頃から海が大好きでした。
常夏の国、シンガポールに住んでいた頃は、毎日の様に学校から帰ると
黄色い海パンに着替え、住んでいたマンションの目の前の海へ
遊びに行っていました。

帰国してからも、夏は海に家族や友達とよく遊びに行っていました。
中でも夏がくると楽しみだったのは、親戚の叔父さんのヨットに
乗せてもらう事でした。
ヨットのデッキに寝そべりながら見た江ノ島の花火や、
沖合いに停泊したヨットから飛び込んで、海岸の岸辺まで
アイスを食べに行った事を今でも懐かしく思い出します。

いつものように、一通り遊び終えてヨットから降りた僕に、
父が「来るまで待ってろ」と声を掛けました。
ヨットに積んであるものを取りに行った父を、駐車場の入り口で
ずっと待っていましたが、いつまで経っても我が家の車が来ません。
しばらくすると、駐車場に車がほとんど無くなり、駐車場も閉まってしまいました。
車が止めてあった場所まで行くと、どうしたことか、その場所には
なんと車がありません!
僕は日の沈む江ノ島で、海パン姿で立ち尽くしてしまいました。

(つづく)

2006年07月19日

-関帝誕2006 オレ、コスプレ?

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今日は中華街で『関帝誕』というイベントがあり、初めて僕も参加させて頂きました。
中華街には「三国史」に登場する武将、「関羽」を祭る「関帝廟」という
お寺があるのですが、一年に一度、関羽が誕生した日に、祭壇に祭られている関羽像を
取り出し、お神輿に乗せて街を練り歩くイベントが行われるのです。
「三国史」に登場する武将の中でも、関羽は古くから庶民に人気があります。

関羽は信義や義侠心に厚い武将として名高く知られ、また蓄財にも長けていたと言う
事から、商売の神様として広く知られています。
お神輿に関羽像を乗せて街を歩くと、老若男女たくさんの方が手を合わせてお祈りします。

中華街には、年間を通してこうしたお祭りやイベントがたくさんあり、そのたびに
街中の人を募って、いくつものイベントを作り上げていきます。
イベントを指揮監督に来た中国の方たち、華僑の人たち、二世、三世の人たち、
数百人の人がボランティアでイベントに携わり、世代もしている商売も違うのに、
ほとんどの人がみなそれぞれ顔見知りで仲良しなのです。
これには驚きました。
こうしたお祭りを通じて、人々の心が強くひとつに繋がっているんだなー、と
関心しきりでした。

中華街で商売を始めて5年半。
改めて、そしてより深く中華街の一員になったような気がした一日でした。


いやー、それにしてもお神輿、重かったなー。
今でも肩が痛いです。
関羽様、体重重いのかな?

2006年07月09日

夢多銭少

今日からひとりで上海に行ってきます。
短い旅程ですが、新しいプロジェクトのハナシで
出かけてきます。

ROUROUはお金はあんまりたくさんない会社ですが、
夢はたくさんある会社だと思います。
小さいけれど、面白くて素敵な夢がたくさんあります。
仕事を続けていきながら、小さな夢を叶えていくと、
次々とまた叶えたい夢が出てくるわけです。

まさに「夢多く銭少なし」です。
この言葉はいつもお世話になっている邱永漢先生から聞きました。
実は今回、上海で先生に会ってくる予定なのです。

上手く花が開くかどうかは分かりませんが、素敵な仕事の
種を大事に育てて、大きな花を咲かせていくことが
出来たらいいなーと、考えています。

またいろいろ具体的になってきたら、少しずつお話します。
それでは行ってきます。

2006年07月07日

使用前・使用後

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見てください。このジーンズ。
左が10年以上前からはいているジーンズです。
右は先週買ったジーンズです。
二つとも同じメーカーのまったく同じ形のモノです。
左のジーンズはユーズド加工ではありません。
買った時には右のジーンズと同じ色をしていました。
同じモノとは思えないくらい、まったく別の顔をしていますよね。

『使用後』のジーンズは今でも現役で、よくはいています。
ご覧の通り、もうボロボロなんですが、たくさんの想い出があって、
なかなか捨てられません。
「このジーンズを買ったころは、鎌倉に住んでたな」とか、
「この頃はまだポケットに必ずタバコとライターが入っていたな」とか、
「一緒にアフリカを旅したな」とか、
「飼っていた犬に飛びつかれて穴が空いたな」とか
「最初のファッションショーも2回目のファッションショーもはいていたな」とか
考えると、どんなにボロでもどうしても捨てる気にならないんです。
突然撮影が決まった、新聞の取材を受けたときにもはいていました。

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『使用前』を買った後も、もちろん『使用後』を大切にはいていくつもりです。
ですから、正確には『使用後』ではなく、『使用中』なのかもしれません。
そして『使用前』も『使用後』になるくらい長く大切にはいていこうと思っています。

みなさん、捨てられないROUROUの服ってありますか?


2006年07月04日

カサブランカ

ショーが終わって、一息を付く暇も無く、バタバタと
いくつかのプロジェクトの準備をしています。
すべてが同時進行なので、僕もMAKIも少しヘロヘロ気味です。

去年のROUROUは本当にいろんなことがあって、
LOTUS ROOMのオープン、アトリエ&倉庫の引越し、
代官山店の移転、東コレの参加、と矢継ぎ早に次々とイベントが
あって本当に疲れましたが、今年も後半に向けて去年に負けず
劣らず、忙しくなりそうです。
詳細についていは、また追々お知らせしますね。

僕の花の匂いフェチはすっかり、アチコチで有名になって
しまいましたが、僕の花好きを知ってか、先日大好きなカサブランカを
いただきました。
いただいてからもう10日も経つんですが、まだキレイに咲いて、
香りでヘロヘロの僕たちを癒してくれています。

カサブランカといえば、昔の映画で「カサブランカ」ってタイトルの
映画がありましたよね。
ボガートもバーグマンもカッコ良かったなー。
最後のシーンが衝撃的なんですよね。
見たことありますか?

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